汚れなどないまんま望み通りに殺してあげるから

未分類

前回の甲斐バンドの「エメラルドの爪先」という殺してしまったという冗談で済まないホラーばかりの歌に続いて、これが日本人だとなにゆえ簡単なのかという考察に移りたい。表題は、GACKTが歌う「Maria&Seven」という曲を聴き驚愕した話である。マリアに祈りを捧げた少年の歌である。汚れを知らない少女の瞳とのやりとりだが。少女が汚れのないまんま死にたいと寝以外続ける歌のように聞こえるのだ。汚れなどないまん望み通りに殺してあげるからと歌っている。世紀末近くに訳のわからないことを言って自分はすぐ死ぬや同じことがあった死ぬや同じになった死ぬと言ってイタズラ王者でしかない変体女が次々死んでいった。死んだんだから!と責任だなんだと言って虐待し始めたが、次の日もピンピンしたまんま会社に行ったのは言うまでもない。その日1日だけ死ぬ!と騒いだだけの話らしいが、それで全部暴力になり全部殺されてしまった。それが責任だと叫ぶが、次の日には会社に行き何かがあったようではなかった。多分殺したと言ってレコードをこするという平和で済まないことに1日興じただけなのではなかろうか。悪いと思ったことはないらしい。ガクトのこの歌を後年聴いて驚愕したのだが、当時殺して!と叫んで飛び出してきた女というのは、この歌を聴いて感化されていたのか!嫌いで嫌いでたまらなかったが、歌だったのかと氷解した。汚れなどないまんま殺してあげるから!というんlが日本人だといかに簡単であるかということを、最近も日本人の姿をした人でないものがやってみせていた。日本人というのは、人間ではない。やってみせるというが、要は違うというものを人間でないからやってしまい殺してしまうということを殺されたんだ!!!と泣き喚いてみせるらしいのだ。最たるものが腹上死らしく、一回のセックスで死んで見せるのがどうやら勝った気になることらしい。人間でないから勝った気になるのだろうが、巻き込まれたら人間が死んでしまう。恐ろしい話だ。気づけば人間は死ぬまでいない。人間じゃんないからだと肝に命じていないと変態や狂人に巻き込まれて死んでしまう。クワバラクワバラ。